新宿三光町日乗

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【旅行】日御碕神社と美保神社編:鳥取とか島根とかその辺りに行って来ました(その8)

出雲大社には関連する神社がたくさんありますが、今回、私たちは、色々ありましたが、結局行っとくべき2つは押さえていました。

 

その一つが、日御碕神社。

日御碕神社(特集記事)|出雲観光ガイド【出雲観光協会公式ホームページ】

日御碕神社は島根半島の西端に位置し、『出雲国風土記』に「美佐伎社」と記される古社です。 神社は下の宮「日沈宮(ひしずみのみや)」と上の宮「神の宮」という上下二社からなり、両本社を総称して『日御碕神社』と呼びます。

 

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この「日沈宮」は【伊勢大神宮は日の本の昼の守り、出雲の日御碕清江の浜に日沈宮を建て日の本の夜を守らん】 (伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守る」) との神勅により祀ったのが始まりと言われています。

 伊勢神宮は20年前に行ってますから、今回、ここを抑えたのは重要でした。

これで、昼と夜は抑えたといえます。

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現在の建物は江戸幕府3代将軍徳川家光の命により、松江藩主京極忠高が1634年(寛永11年)に着手し、1644年に松平直政が完成させました。
壁や木の切り口は白色で、柱や横木が丹塗(にぬ)りされた社殿は桃山時代の面影を残し、二つの本殿どちらも拝殿本殿が続く権現造りです。

 この日御崎神社は、出雲大社から稲佐の浜に出て北上すること30分ほど。

海沿いの道をかなりうねうねと行くのですが、さすがに多くの人たちがレンタカーで訪れていました。この先、灯台も気になったのですが時間も遅くなるのでここから帰ることにしました。

なお、こちらが、出雲大社の関連なのにシンプルな大社造りではなく、きらびやかな権現造りなのは、上記のように徳川の寄進によるものだから。

意外なところに徳川の威光を見ることになりました。

日御碕神社 - Wikipedia

 

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近くの浜に降りて行くと、鳥がすごくたくさんいるのでウミネコかと思えば、どうも風に乗って遊んでいるトンビのようです。

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 海側に鳥居があるのが、海に関連のある神様という感じがしますね。

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この島が経島。

天照大神が現在の日御碕神社に祀られる前に鎮座されていたという経島(ふみしま)は、日御碕の西方約100メートル沖の日本海上にあり、面積約3000平方メートルの無人島です。
柱状節理の石英角斑岩からなっており、その形状が「経典」を積み重ねたように見えるためその名が付いたと伝えられています。

 厳かな佇まいの島です。

 

この神社に行ったのが、この旅の西の端だとすると、翌日、空港に行く前に寄った美浦関は、東の端ということになるでしょうか。

 

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鳥取県境港を北側に橋を渡ると、住所では島根県松江市になるのが不思議なところ。

http://instagram.com/p/g1hKmKDMaz/

 

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美保神社 - Wikipedia

美保神社(みほじんじゃ)は、島根県松江市にある神社である。式内社で、旧社格国幣中社

事代主神えびす社3千余社の総本社である(蛭子神系のえびす社の総本社は西宮神社)。えびす神としての商売繁盛の神徳のほか、漁業・海運の神、田の虫除けの神として信仰を集める。また、「鳴り物」の神様として楽器の奉納も多い。

 恵比寿様のご本尊ということですが、この神社が大事なのは、出雲大社に行ったらば、こちらも行くべきだからなのです。

近世ごろから「大社(出雲大社)だけでは片詣り」と言われるようになり、出雲大社とともに参拝者が増えるようになった。出雲大社とあわせて「出雲のえびすだいこく」と総称される。

 片詣りにならずに済みました。

[第八番]美保神社 出雲國神仏霊場公式ホームページ

三穂津姫命(みほつひめのみこと)は大國主神の御后(おきさき)神で、高天原から稲穂を持ち降り耕作を導き給うた農業及び子孫繁栄の守り神。事代主神(ことしろぬしのかみ)は大國主神の第一の御子神(みこがみ)で、「ゑびすさま」すなわち漁業・商業を始め広く生業の守護神として敬仰され、美保神社も全国各地にあるゑびす社3385社の総本社として、ことに水産・海運に携わる人々から広く敬い親しまれてきた。

 

観光スポット|島根県松江市美保関町

美保神社の創建年代は不明だが、境内からは古墳時代の勾玉の破片や、雨乞いの儀式などで使用されたと推測される土馬が発見されており、すでに古墳時代において何らかの祭祀が行われていたことが窺える。奈良時代天平5年(733)に成立した『出雲国風土記』にはこの社の記載があり、また延長5年(927)成立の『延喜式』にも当社の名前がみえる。(中略)寛政12年(1800)には「美保関大火」とよばれる大火事にかかり、本殿以下、地域一帯が灰燼に帰したが、文化10年(1813)に松江藩主の寄進によって本殿を再建し、これが現存する本殿である。

 

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そして、この街は、実に観光地として整備されてまして、青石畳どおり、として綺麗に保存されています。

 美保関は美保神社門前町として繁盛した町であるが、美保神社から仏谷寺に至る青石畳は江戸時代の参拝道の遺構である。
 美保神社の鳥居をくぐり右に曲がると石畳の通りがあり、150mほど行って左に曲がり100m行くと仏谷寺に着く。
 神社前の通りには越前石が使われ、本通りには周辺の海岸から運ばれた緑色凝灰岩が敷かれているが、形は正方形に近いものから長方形などさまざまである。80cm四方の大型の敷石もある。敷設されたのは弘化年間(1804~1847)以降の江戸時代後期である。この青石畳通りが以前の本通りで、参拝客相手の旅館やみやげ物屋で賑わった通りである。その当時の面影を残す古い町並みと石畳の道が落ち着いた雰囲気をかもし出していて、平成18年2月、未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選に認定された。

 

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店に表示が有ったり、説明が有ったり、風情もあって親切な通りですね。

http://instagram.com/p/g1i8aljMd4/

#ProCamera

ここでも、お参りを終えて車に戻ったところで急に雨が降り出しました。

お参りが終わると雨がふるというのは、出雲大社と同様で、神様のご采配と思うことにします。

 

最後に豆知識を。

実は、美保神社本殿は、珍しい造りで、2つの神様用に2つ本殿が合わさってます。

当社の本殿は「美保造(みほづくり)」と称し、大社造(たいしゃづくり)の本殿を左右二棟並立させ、その間を装束の間でつなぎ、木階を覆う向拝(こうはい)を片流れに二棟通しでつけるという特殊な様式として、また屋根についても桧皮葺(ひはだぶき)の共皮蛇腹(ともがわじゃばら)で国の重要文化財に指定されている。

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 実はこの、本殿の千木(ちぎ)を見てきて欲しいんですね。

千木・鰹木 - Wikipedia

千木は古代、屋根を建造する際に木材2本を交叉させて結びつけ、先端を切り揃えずにそのままにした名残りと見られる。

 神社の屋根の上に立った部分が千木です。

神社建築の例としては、出雲大社を始めとした出雲諸社は、祭神が男神の社は千木を外削ぎ(先端を地面に対して垂直に削る)に、女神の社は内削ぎ(水平に削る)にしており、他の神社でもこれに倣うことが多い。また鰹木の数は、奇数は陽数・偶数は陰数とされ、それぞれ男神・女神の社に見られる。

 よく見ると、祀っている神様によって、千木の先端が水平なのと、垂直なのがあります。これが、男の神様か、女の神様日によって違うんですが、この美保神社は、男の神様と女の神様を同時に祀っているので、千木でどっちかわかるということになります。

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(こうすると千木の違いが分かりやすいですかね)

これをぜひ見てきてください。

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