新宿三光町日乗

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【元気です!北海道】夕張の見事なまでの寂れ方に涙する(ゴールデンカムイスタンプラリーその7)

小樽を出た一行は、再び高速に乗り、夕張を目指します。

小樽で運河周辺だけしか寄らず、寿司も食べず、市場も行かず帰ってしまう観光客で申し訳ありません。先は長い。

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夕張までは2時間ほどあるので、車中でちょっとお勉強など。

北海道におけるアイヌ文化の影響について、子供の頃学校で習った覚えはないのですが、私が小学生くらいまでは同級生にアイヌの家の子はいましたし、白老や勇払というアイヌ文化継承の地が近くにあったので、なんとなく触れてきました。

しかし、このゴールデンカムイ を読んで衝撃を受けたように、結局、何も知らないことに気がつきました。

この旅は、そんな自分に気づく旅になっています。

さて、夕張ではまずお昼ご飯を食べます。

マウントレースイホテルは、スキー場を併設する夕張を代表するリゾートホテルです。

マウントレースイスキー場は、もともとは夕張市夕張市出資の第三セクターによって運営されていた小規模なゲレンデです。

1988年に松下電器産業系の不動産開発会社・松下興産が約20億円で施設を買収し、約100億円以上を投じてコースを大幅に拡張。ホテルも建設し、1991年にスノーリゾートとして再開業しました。

ところが、1990年代後半に松下興産が経営難に陥り、2002年に夕張市に施設の売却を打診。夕張市がこれに応じ約26億円で購入し、再び市の施設となりました。2007年に夕張市財政破綻すると、加森観光が指定管理者として運営を受託しました。

元々は観光の街夕張を推し進めた夕張市の持ち物で、長く加森観光の子会社夕張リゾートが運営してきましたが、2017年4月から中国系の傘下になったようです。

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なかなかやり手のようなので、夕張の発展に貢献してもらえると嬉しいですね。

マウントレースイは、スキー場が直結なだけではなく、すぐ前にJR北海道夕張駅があります。

でも、この夕張線が2019年3月31日で廃線になるそうです。

そんな話を聞きつつ、お昼ご飯。

早々に食べ終わり、駅を見に行きます。

小さな駅は、駅員さんも通いで土産物売り場や喫茶室が併設。

単線の終点なので、行き止まりです。

JR北海道は、毎年のようの廃線にしているわけですが、一方で札幌まで新幹線は引きたい。北海道で鉄道の価値はどうなっていくんでしょうね。

車両もボロボロです。今回は、日高線の専用車両が連結されている珍しいパターン。

一日5本しかない鉄道路線に存在意義を見いだすのは難しいのかもしれません。

特急は新夕張まで行かないと乗れませんし。追分で苫小牧方面に乗り換えるにしても、そちらも本数がねえ。

夕張に列車で行こうとは思わないかもしれません。

では、観光向けにSLを走らせるのはどうかとか、工夫の仕方はあるのかもしれませんが、JR北海道自体に金がないというのが問題でしょうか。

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夕張は炭鉱の町だったわけですが、昭和40年代に廃坑が相次ぎ、1977年に北炭夕張炭鉱が閉山になり、狭義の夕張炭鉱は全て閉山。シューパロ湖に近い大夕張では採炭が続きましたが、それも1990年の三菱南大夕張炭鉱の閉山で歴史を閉じます。

この北炭夕張炭鉱の跡地にできたのが石炭の歴史村でした。

1977年(昭和52年)に当時の夕張市助役の中田鉄治が構想して「炭鉱から観光へ」をキャッチフレーズとして周囲を説得し、事業が開始されることになったものであった

1980年(昭和55年)7月に運営母体の第3セクター「石炭の歴史村観光」を設立して同月に一部施設が開園し、1983年(昭和58年)6月1日には遊園地なども含めて全面的に開園した

構想を立てた中田鉄治は1979年(昭和54年)から2003年(平成15年)まで6期24年間夕張市市長を務め、当時業を含めた炭鉱閉山後の地域活性化策を推進した

 この炭鉱から観光へが、夕張市に莫大な借金を残すことになるわけです。

その発端であり象徴となる施設が、石炭博物館を中心とした石炭の歴史村と言えます。

それでも歴史的価値が高い博物館だけを残して遊園地的なものは全て廃止。その廃墟感がなんとも言えない雰囲気を醸し出しています。

2018年4月28日に2年に渡る改修工事を終え、石炭博物館がリニューアルオープンした。指定管理者は同年4月1日より、NPO「炭鉱(ヤマ)の記憶推進事業団」に移管された。 

ということで、リニューアルされた石炭博物館を訪れました。

 この立坑を模したタワーがシンボルです。

ここでゲットしたのは、スナイパー尾形。なぜ江渡貝くんではないのでしょう(笑)

博物館内をご案内いただいましたが、夕張市の歴史や炭鉱の歴史がわかって興味深い。

でも、やはり立坑ケージ風味のエレベーターを降りた所から始まる坑道展示になると迫力が違います。

さらに、何と言っても実物の坑道を展示に使っているのがスゴイんです。

「模擬坑道」は、バリバリの本物の坑道で、地下では実際の石炭層に触ることができます。 上屋構造物が錯綜していてチョッと雰囲気が損なわれていますが、良く見ると風格ある佇まい。

この博物館の説明がまた面白いので、そちらのウェブサイトも是非ご覧ください。

模擬坑道を抜けると、採炭救国の像がお出迎え。

北炭夕張炭鉱時代の炭鉱への入り口。

夕張炭鉱発祥の元とも言える大露頭。

1888(明治21)年に発見された合計24尺(6・8・10尺層=約7m)にもおよぶ大炭層の露頭

大変楽しめる博物館でしたが、その周りの廃墟感はまた、お好きな方にはたまらないかと。

このあと夕張の街中を通って、次にポイントに向かうのですが、まあ見事なまでに寂れてます。映画祭をやるので映画館の看板風なものを街中に飾っているのですが、これがさらに悲しさを呼びます。

子供の頃、まだ炭鉱の町だった頃を覚えている世代としては、涙なしには通れませんでした。

今や、夕張メロンくらいしか観光のタネもないんですよね。

新夕張の道の駅にて。(続く)

 

 

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