【読書】「大遺言」は永六輔より永拓実に注目すべき本だった
永六輔さんの一周忌を記念したイベントに行った話は以前書きました。
永六輔さんという日本を代表する作詞家であり、ラジオパーソナリティであり、何より稀代の芸事の目利きだった方が最後まで「心配していた弟子たち」の供養の場でした。
その会場で購入したのが永六輔さんの孫である永拓実さんの本『大遺言』でした。
キンドル版もあるんですね。
こっちが新書サイズで900円(税別)とお安い。
永六輔という偉大な文化人と、飄々とした自分の祖父・永孝雄(永さんの本名)の間にあるギャップもしくは違和感を埋めるべく、祖父の死後、多くの知人たちを訪ね、著作を読み、手帳やノートを紐解き、残した言葉を元に、永六輔とは何かを探す永拓実さんの思考の旅の書です。
本が出版されてすぐ、この本を店頭で見かけた時は、なんとなく食指が動かず、そのままにしていたのですが、永拓実さん本人もいたし、オオタスセリさんが売り込みしていたこともあり、ついでにと思いイベント後に購入したわけです。
しかし、一読して購入した自分を褒めてしまいました。グッジョブ、俺。
最初に紹介されていた言葉は、ラジオで長年アシスタントをしていた外山惠理さんから聞いた「知らないのは恥じゃない。知っているふりをするのが恥だ」でした。次に出てきたのが久米宏さんから聞いた「立場を大胆に捨て、面白いことを純粋に追求しよう」でした。
この二つの言葉で、もう私の頭の中には「ガーン」というマンガの吹き出しのような文字が浮かんでいました。まさに、いま、私に必要な言葉そのものだったからです。
訳あって2年強勤めた仕事を辞め、自分を振り返る日々の中にあった私に、この言葉たちは干天の慈雨のようにしみ込んでいきました。
そして、著作の中で、永六輔さんとその周りの人たち(黒柳徹子さんやタモリさんなど大物ばかり)との会話をきっかけとしながら、自分を見つめ、自分と祖父・永孝雄とのやりとりを思い出しながら、淡々と自分の言葉を書き進めていく永拓実という人に次第に関心が移っていきました。
普通に考えれば、無名の孫の言葉よりも、永六輔さんの思い出を語る著名人の言葉をそのまま紹介しておくだけの方が価値があるように思えます。私が読む前に食指が動かなかったのも、そんな著名な祖父に乗った企画本だろうと思っていたからでした。
しかし、この本の真ん中にいるのは、永六輔ではなく実は、永拓実なのです。永六輔の言葉を現代の若者である東大生の永拓実さんがどう聞いたのか、彼にどう響いたのかが、中心となっていて、永拓実さんが自分の解釈や表現をしているわけですが、それが実に端的で余計な飾りがなく、それでいて的確なのです。
ひょっとすると、この人はただの孫ではなく、やはり才能というものに恵まれた人なのかもしれません。お母さんが元フジテレビの永麻理さん(ちなみに、私の友人と小学校の同級生ですから同い年ですね)ですから、言葉に対する感覚という点で流れる血筋があるのかもしれません。
『大遺言』は、まさに永六輔さんの残した言葉でできた著作ではありますが、ひょっとすると、永拓実という才能こそが永六輔さんの残した作品なのかもしれません。